和魂凡才 長崎海軍伝習所本
和魂洋才の人・榎本武揚を主に、幕末関係の話や本の紹介をする凡才人のブログです
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秋の金魚
秋の金魚
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河治 和香
小学館 (2005/10/06)
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主人公留喜(るき)は子供の頃に、江川太郎左衛門の手代であった父親が乱心して、母・兄をはじめ十二人を殺傷し自刃したという出来事があり、周囲に気兼ねしながら生きてきました。留喜の事をずっと優しく気にかけてくれていた肥田浜五郎と男女の仲になりますが、その後松岡磐吉との縁談話が持ち上がり、二人の間で女心は揺れ動きます。

共に咸臨丸で米国に渡航し、日本の近代化に大きな役割を果たすであろうと思われた二人でしたが、やがて戊辰戦争が始まり明暗が分かれます。磐吉は幕臣として新政府と戦うために留喜を離縁して江戸を脱走。浜五郎は新政府に出仕し、出世して行きます。実家に戻った留喜は浜五郎の世話になり、やがて浜五郎の子を産むのですが、戦争が終わり幹部であった磐吉達は東京へ誤送されて牢獄に入れられる事に。そして磐吉が獄死したという知らせが…。
この物語の根底には、ずっと留喜の出自にまつわる過去の事件があるのですが、彼女はそれをただ悲観するのではなく、受けれて、自分なりに二人の男性を愛します。二人の男性もそれぞれ違った形の愛で彼女を愛するのですが、私は磐吉の無器用な生き方にもの悲しさを感じずにはいられませんでした。

維新後の徳川家臣の困窮や、新政府に出仕した者が世間からそしりを受けた当時の情勢も描かれています。
浜五郎の弟分的な存在として、赤松大三郎が度々登場します。留喜の女中の菊に自慢の喉で都都逸を聞かせ、菊が元旗本の娘だと知ると慌てて縁談話を持ってくる榎本さんが「らしくて」イイ。ただ、一部この本の紹介に「土方歳三の活躍」うんぬんと書いているのがありましたが、土方さんは全く出てきませんのでご注意を。


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【2007/03/31 23:50】 | 長崎海軍伝習所本
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海の夜明け―日本海軍前史
白石 一郎
徳間書店
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ノンフィクション物が続いたので、久しぶりの小説です。
士官ではなく、珍しく水夫の目で見た長崎海軍伝習所の物語です。

オランダの進言により、幕府は海軍の必要性を感じて海軍伝習所を設立する事になり、選ばれた幕臣や江川家家臣達と共に、幕府のお抱え水夫として労力や操船技術を提供していた「人名(じんみょう)」と呼ばれる塩飽の船乗り達も水夫として、海軍の伝習を受けることになりました。
全くの無知から始まった幕府の海軍伝習が、咸臨丸で渡航できるようになるまでを、塩飽では船を操る事もできなかった鶴松が伝習所で猛特訓を受け、立派な一等水夫に成長していく様を通して描かれていて面白いです。伝習の描写なども、とても興味深いです。

オランダが日本の海軍創設のために、いかに友好的で親切に指導してくれたか、それに対して幕閣がお家事情もあり、いかに海軍の躁錬の教授を焦ったかも描かれています。日本人の航海技術は、オランダ教官の目で見るとまだまだ未熟だったようで、それが戊辰戦争時の遭難に繋がったのかと思うと、非常に残念です。

この作品は主に一期生を中心に書かれているので、榎本釜次郎はあまり出てきません。一期生の学生長が抜けた補充として派遣された井沢謹吾の従者として、勝さんと対面しています。勝さんは、今まで読んだ伝習所物の中では一番よく書かれています。永井(尚志)さまがとっても苦労人です(^-^;

【2006/11/29 00:37】 | 長崎海軍伝習所本
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長崎海軍伝習所―十九世紀東西文化の接点
藤井 哲博
中央公論社
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榎本さんはじめ、中島三郎助、小野友五郎等の日本の近代化の礎になった人たちを生み出した長崎海軍伝習所について詳しく知りたくて、読んでみました。
伝習所の設立から、伝習生・オランダ教師団の構成、講義・実習内容、伝習所の日常、咸臨丸の遠洋航海などについてが詳しくまとめて書かれています。著者は元海軍軍人。
伝習生といえば、一期では勝麟太郎、矢田堀景蔵、中島三郎助、二期では井沢謹吾、榎本釜次郎らの幕臣が名を馳せていますが、実は一番数が多かったのは長崎の地役人で、佐賀藩からの伝習生も多く、熱心で優秀だったそうです。

オランダの教官は日蘭の文化や国民性の違いで、伝習上悩まされた事が多々あったとか。例えば、船の上で火の取り扱いは要注意なのに、日本人は食事時になると火鉢を持ち込んで魚を焼いたり、茶を沸かしたりして、いくら注意してもなかなか改まらなかったそうです。また、身分制度が厳しかったために、自分より身分の低い者からは教わらないとか、通詞も士官には気を使って教師団の注意や叱責を曖昧に訳したりしたとか。

伝習生達は、天候の良い日ばかりに航海演習をしたがり、悪天候の日には演習をしなかったそうです。そんな未熟な状態なのに咸臨丸で「日本人の手だけで米国まで冬の太平洋を渡航する」というのは全くの無謀で、実際日本人乗組員はほとんど役に立たず、「単なる便乗者」だったはずの米国海軍軍人たちが同乗していなければ、本当に危ないところだったそうです。特に勝麟太郎氏は艦長にも拘らず、船酔いでほとんど指揮も出来ない状態で、帰国後は海軍から外されています。戊辰戦争で榎本海軍が嵐で遭難、座礁したのも、やはりこういう未熟さが原因でしょう。

日本の技術的近代化の核になっていったのは、この伝習生たちでした。鉄道・造船・製鉄・天文・気象、そして医術や活版印刷などの発展に貢献しました。また明治日本海軍の礎にもなりました。保守的だ、旧体制だと言われた幕府ですが、科学技術の近代化には積極的に取り組み、その流れが明治維新後に受け継がれ花開いたと言う感じでしょうか。

さて、榎本釜次郎ですが、この本によると第1期に「矢田堀景蔵内侍」として員外聴講生のところに名があり、第2期で正式な伝習生になっています。

長崎海軍伝習所について調べる際には必読の書です。





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【2006/11/11 02:54】 | 長崎海軍伝習所本
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長崎海軍伝習所
長崎海軍伝習所
posted with amazlet on 06.02.24
星 亮一
角川書店 (1989/09)

榎本釜次郎の長崎海軍伝習所での青春。釜次郎が学んだ2年間を通して伝習所の授業や演習の様子、オランダ人教官との交流、長崎の風土や四季の行事、唄など描きつつ、釜次郎の成長を描いています。

【2006/02/24 03:06】 | 長崎海軍伝習所本
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「長崎海軍伝習所の日々  日本滞在記抄



カッテンディーケ著 水田信利訳



また買ってしまいました。古本で買ったんですが。
カッテンディーケ氏は幕末の長崎海軍伝習所で、勝海舟や榎本武揚を教えたオランダ人の教官です。日本に滞在した間に見聞した日本の様子や伝習所での事が書かれています。勝や榎本に関しても書かれているそうです。



ほんとに何から読もうか迷うほど、面白そうな本が山積みですうぅぅ~。




【2006/02/11 00:56】 | 長崎海軍伝習所本
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