和魂凡才 2006年11月
和魂洋才の人・榎本武揚を主に、幕末関係の話や本の紹介をする凡才人のブログです
海の夜明け―日本海軍前史
白石 一郎
徳間書店
売り上げランキング: 238,490

ノンフィクション物が続いたので、久しぶりの小説です。
士官ではなく、珍しく水夫の目で見た長崎海軍伝習所の物語です。

オランダの進言により、幕府は海軍の必要性を感じて海軍伝習所を設立する事になり、選ばれた幕臣や江川家家臣達と共に、幕府のお抱え水夫として労力や操船技術を提供していた「人名(じんみょう)」と呼ばれる塩飽の船乗り達も水夫として、海軍の伝習を受けることになりました。
全くの無知から始まった幕府の海軍伝習が、咸臨丸で渡航できるようになるまでを、塩飽では船を操る事もできなかった鶴松が伝習所で猛特訓を受け、立派な一等水夫に成長していく様を通して描かれていて面白いです。伝習の描写なども、とても興味深いです。

オランダが日本の海軍創設のために、いかに友好的で親切に指導してくれたか、それに対して幕閣がお家事情もあり、いかに海軍の躁錬の教授を焦ったかも描かれています。日本人の航海技術は、オランダ教官の目で見るとまだまだ未熟だったようで、それが戊辰戦争時の遭難に繋がったのかと思うと、非常に残念です。

この作品は主に一期生を中心に書かれているので、榎本釜次郎はあまり出てきません。一期生の学生長が抜けた補充として派遣された井沢謹吾の従者として、勝さんと対面しています。勝さんは、今まで読んだ伝習所物の中では一番よく書かれています。永井(尚志)さまがとっても苦労人です(^-^;

【2006/11/29 00:37】 | 長崎海軍伝習所本
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ヒマが出来たらあれをしよう、これもしようと考えていたのに、何一つ出来ていない状態です。特に最近読書をする時間がありません。いや、時間はたくさんあるのですが、他にテレビやネットなどしたい事が出来るせいもあってか、本を読む気にならないんです。ってことで、積読本がいっこうに減らないところに、更に見つけてしまった探求本。
 
加茂儀一編「資料 榎本武揚」 新人物往来社
内容は榎本さんの書いた「渡蘭日記」「北海道巡廻日記」「シベリア日記」と書簡、流星刀記事&加茂儀一氏による「榎本武揚小伝」

榎本さんは、けっこうマメに日記や記録をつけているのに、それを発表しようとかは考えない人だったそうで、家族にも内緒にしていたそうです。
「渡蘭日記」はオランダ留学に向かう途中の航海日記で、セントヘレナ島のナポレオンの墓に立ち寄った際、何か感慨深いものがあったのか、そこで日記をつけるのをやめ、海に投げ捨てて破棄しようとしたのを、同じ留学生仲間の沢太郎左衛門さんがもらいうけて、榎本さんの死後30年以上もたってから公表されたとか。
「シベリア日記」も、家族の人は存在を知らなかったそうなのですが、榎本さんの死後、関東大震災で家が潰れて片づけをしている時に発見され、昭和になってから公表されたそうです。

現代のブログなんかと違って、本来「日記」なんて人に見せるために書いてるわけじゃないし、今となっては当時の航海やシベリアの様子がわかる貴重な資料ですが、榎本さんもまさか世間に公開されるなんて思っても見なかったでしょうね。将来有名になろうとか、なる可能性のある方は、日記にあまり恥ずかしくなるような事は書かない方がいいかもしれません(^-^)

最近、小説よりもノンフィクション、資料系の本に興味があります。「旧幕府」が隣市の、バイクで行ける距離にある図書館に蔵書されている事がわかりました。貸し出しも出来るようです。ま、その前に積読本を先に読まねば(^^;




【2006/11/26 23:54】 | 榎本さん関係
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長崎海軍伝習所―十九世紀東西文化の接点
藤井 哲博
中央公論社
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榎本さんはじめ、中島三郎助、小野友五郎等の日本の近代化の礎になった人たちを生み出した長崎海軍伝習所について詳しく知りたくて、読んでみました。
伝習所の設立から、伝習生・オランダ教師団の構成、講義・実習内容、伝習所の日常、咸臨丸の遠洋航海などについてが詳しくまとめて書かれています。著者は元海軍軍人。
伝習生といえば、一期では勝麟太郎、矢田堀景蔵、中島三郎助、二期では井沢謹吾、榎本釜次郎らの幕臣が名を馳せていますが、実は一番数が多かったのは長崎の地役人で、佐賀藩からの伝習生も多く、熱心で優秀だったそうです。

オランダの教官は日蘭の文化や国民性の違いで、伝習上悩まされた事が多々あったとか。例えば、船の上で火の取り扱いは要注意なのに、日本人は食事時になると火鉢を持ち込んで魚を焼いたり、茶を沸かしたりして、いくら注意してもなかなか改まらなかったそうです。また、身分制度が厳しかったために、自分より身分の低い者からは教わらないとか、通詞も士官には気を使って教師団の注意や叱責を曖昧に訳したりしたとか。

伝習生達は、天候の良い日ばかりに航海演習をしたがり、悪天候の日には演習をしなかったそうです。そんな未熟な状態なのに咸臨丸で「日本人の手だけで米国まで冬の太平洋を渡航する」というのは全くの無謀で、実際日本人乗組員はほとんど役に立たず、「単なる便乗者」だったはずの米国海軍軍人たちが同乗していなければ、本当に危ないところだったそうです。特に勝麟太郎氏は艦長にも拘らず、船酔いでほとんど指揮も出来ない状態で、帰国後は海軍から外されています。戊辰戦争で榎本海軍が嵐で遭難、座礁したのも、やはりこういう未熟さが原因でしょう。

日本の技術的近代化の核になっていったのは、この伝習生たちでした。鉄道・造船・製鉄・天文・気象、そして医術や活版印刷などの発展に貢献しました。また明治日本海軍の礎にもなりました。保守的だ、旧体制だと言われた幕府ですが、科学技術の近代化には積極的に取り組み、その流れが明治維新後に受け継がれ花開いたと言う感じでしょうか。

さて、榎本釜次郎ですが、この本によると第1期に「矢田堀景蔵内侍」として員外聴講生のところに名があり、第2期で正式な伝習生になっています。

長崎海軍伝習所について調べる際には必読の書です。





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【2006/11/11 02:54】 | 長崎海軍伝習所本
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榎本武揚未公開書簡集




榎本 隆充
新人物往来社
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ついに買ってしまいました。「榎本武揚未公開書簡集」

定価10,290円(税込)也!…定価で買えるわけがありませんので古本ですが、古本でもそれなりのお値段です(^^;多分、我が家にある本の中で一番高いです。「日本の古本屋」でこの本を出品しているお店のHPを覗いたら、セール期間中で20%オフで、他にも欲しかった本がすべてこの店の在庫であったので大量に買ってしまいました。
他に買った本は
 「幕府オランダ留学生」
 「赤松則良半生談 幕末オランダ留学生の記録」
 「写真集 甦る幕末」
 「クララの明治日記」上・下

↑の赤松則良は榎本さんと一緒にオランダ留学した赤松大三郎氏です。「クララの明治日記」は、勝海舟の息子梅太郎と国際結婚(のち離婚)した女性クララが残した日記。大鳥さん一家との親交が深かったようで、よく大鳥さんの名前が出てきます。

ちなみに榎本さんの書簡集がどれだけ高いかと言いますと、その他の5冊の本の合計の値段よりも、更に1000円ほど高いです。

読んだら、別宅の方に感想を書きたいと思います。(ま、気長に…)






【2006/11/11 00:01】 | 榎本さん関係
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拙ブログにコメントくださった一茶さんからの情報です。ありがとうございます!



浅田次郎原作の「憑神」が妻夫木聡主演で映画化が決定。主人公・彦四郎の昌平黌時代のライバルとして、榎本さんも登場するようです。公開は2007年夏。



憑神


憑神
posted with amazlet on 06.11.09


浅田 次郎
新潮社
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書店で見てタイトルは知っていましたが、まさか榎本さんが出ているとは!
浅田次郎氏といえば、私が思い出すのはやはり「壬生義士伝」です。多分、近年で一番泣いた小説です。絶対に外では読めないくらい泣きますので、当分読み返せそうにありません。
さぁ、「憑神」も原作をチェックしなくっちゃ。


【2006/11/08 23:55】 | 榎本さん関係
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幕末テクノクラートの群像
矢野 武
近代文芸社

続いて、テクノクラートとしての榎本さんを書いた1冊。
もともと下層階級の出で、「己の才能と頭脳だけを頼りに技術を身につけ、崩壊する幕府を最後まで支え続けようとした技術官僚たち」の評伝で、6人の人物が取り上げられています。

 第一章 川路 聖謨(1801~1868)
 第二章 小野友五郎(1817~1898)
 第三章 榎本 武揚(1836~1908)
 第四章 土方 歳三(1835~1869)
 第五章 松本 良順(1832~1907)
 第六章 勝  海舟(1831~1899)

土方さんを「軍事テクノクラート」として取り上げています。著者にとっては大鳥さんは「魅力がある存在ではない」そうで(笑)
視点が慶應四年なので、当然鳥羽・伏見の戦い以降、洋式軍隊指揮官としての土方さんです。

榎本さんに関しては、「何のテクノクラート」という視点で書いているのか、解りにくいです。著者が書きたかったのは海軍軍人としての榎本なのか、外交能力に長けている榎本なのか…?
榎本さんは海軍伝習所を卒業後、海軍躁錬所の教授になったり、オランダへの留学も海軍士官候補生としてで、ずっと海軍畑の人だったのですが、結局ほとんど戦果もあげないまま開陽丸を沈めて榎本艦隊は全滅しています。
私は榎本さんがテクノクラートと言われる所以の一番は、国際感覚があって、語学、外交能力に長けていた事だと思っていますので、いっそそちらに絞った書き方の方がよかったかなと思います。

この中で面白かったのは小野友五郎の項でした。算術の天才で海軍伝習所でも優秀、咸臨丸でアメリカに航海した時も、同行したアメリカの海軍士官ブルックに肥田浜五郎と共に絶賛されています。
あらためて、長崎海軍伝習所に興味が湧いてきました。

 

【2006/11/04 01:44】 | 榎本さん本
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ありがとうございます
香音里
まだ移転している最中で告知もしていないというのに、さっそくお越しいただき、ありがとうございます。感激です。
早く軌道に乗せられるようがんばりますので、今後ともよろしくお願いいたします。



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現在エノを偏愛中の私ですが、元々新選組好き…というより土方さん好きでした。いえ、土方さんを好きなのは現在進行中ですが。

ただ…榎本さんに興味を持ってから、いろんな方面に興味が湧いてくるのが楽しいです。新選組だと、どうしても幕末のほんの5年間くらいに凝縮されているので。

私の興味の変遷は
「風を継ぐ者」を観て新選組沖田に興味を持つ → 土方さんを好きになる → 箱館戦争・蝦夷共和国 → 実は先に大鳥さんに興味を持つ 
                   ↓
        黒田清隆 ← 榎本さん → 長崎海軍伝習所              
                   ↓
                オランダ留学生

先日、「夜会の果て」を見逃したので、ずっと買おうかどうか考えていた、井黒弥太郎氏の「追跡 黒田清隆夫人の死」をネットの古本屋で購入しました。黒田には酒乱癖があり、妻を斬殺したという疑いがあります。その真相はいかに?
まだ、パラパラとめくっただけですが、面白そうです。しかも著者はあの「榎本武揚」と同じ黒田清隆研究の第一人者、井黒氏です。期待大です。もちろん榎本さんも出てきます。

【2006/11/02 23:44】 | 榎本さん関係
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