和魂凡才 2008年12月
和魂洋才の人・榎本武揚を主に、幕末関係の話や本の紹介をする凡才人のブログです
いよいよ、今年もあと数時間を残すのみとなりました。

今年一年を振り返って…

やはり当ブログといたしましては、

「榎本武揚没後100年」

これに尽きます。

本当に今年は何度も何度も書きましたが、ゆかりの地に行き、記念行事や史料を通して榎本さんの事を以前よりももっともっと好きになりました。
そしてブログや行事を通していろんな方とお知り合いになれ、お会いできましたことを深く感謝いたします。

と、同時に自分の知識や理解の浅さを身に沁みて感じました。もともと趣味で始めたブログですので、今後も肩肘をはらずに気楽にやっていこうとは思いますが、来年はもう少しまともな事が書ければなぁと思います。(って、昨年もその前も書いた気がする…)
差しあたっての目標は東京レポをいいかげん、さっさと仕上げることでしょうか(^^;

今年1年、拙ブログにお越しいただいた皆様、本当にありがとうございました。
来年もどうぞ、よろしくお願いいたします。



【2008/12/31 13:11】 | ごあいさつ
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一年間楽しみましたよね
まやこ
香音里さん、こんばんは。

わたしもこの1年は土方さんを放り出して(笑)、榎本さんゆかりの地にあちこち行った1年でした。
記念行事や史料、ゆかりの地訪問を通じて、榎本さんの引き出しの多さを感じました。

そして、香音里さんに二度もお目にかかれる機会があったことをうれしく思います。
来年もよろしくお願いいたします。

はい、本当に(^ー^)
香音里
まやこさん、こんばんは。

あら、入れ違いだったのですね(笑)
本当に1年間楽しみました。記念事業に実際に参加できたのは少しだけでしたが、イベントや講演会があるというのを聞くだけでもワクワクしていました。

まやこさんをはじめ、いろいろな方々とお会いできたこと、とても嬉しかったです。
これもすべて榎本さんが取り持ってくれた縁ですね♪
どうぞ来年もよろしくお願いいたします。


私も。
高松飛鳥
今年は榎本武揚さんの一年でした。

色々な方とお会いすることが多い一年でしたが…勉強不足を痛感させられました。


来年はおとなしくしてようか…と思いますが、何かに参加していそうです。

お会いできて、本当に良かったです。
ありがとうございました!

来年もよろしくお願いいたします!

こちらこそ、ありがとうございました。
香音里
高松様、こんばんは。

本当に榎本さんの一年でしたね~。
高松さんにおかれましては、実行委員会等でいろいろとお忙しくされていて、本当にお疲れ様でした。

>来年はおとなしくしてようか
そんな事おっしゃらずに、来年もご活躍期待していますよ!
短い時間でしたが、私もお会いできて良かったです。今年の函館訪問は超駆け足でしたので、今度はゆっくりと旅してみたいと思います。またお会いできたらいいですね。
どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

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東京・榎本さんを訪ねる旅 140東京・榎本さんを訪ねる旅 144

隅田川七福神最後は三囲(みめぐり)神社です。この神社、少し前にちょっと有名になりました。映画化・舞台化もされた浅田次郎氏の小説「憑神」に名前が出てきます。


主人公の下級武士・別所彦四郎は、昌平坂学問所でライバルだった榎本釜次郎が出世したのは向島の「三囲稲荷」にお参りしたからだという噂を聞きます。その帰り道に酔って土手から転げ落ち、そこで小さな祠を見つけて手を合わせるのですが・・・そこは同じ「みめぐり」でも実は「三巡稲荷」で災いの神様に手を合わせてしまったのでした。
こちらのお狐さんは映画のエンドロールにも登場。

東京・榎本さんを訪ねる旅 143まだ六か所目なのにこれで七福神最後?
そう、こちらには大国神と恵比寿神が祀られています。

下は珍しい石の三柱鳥居です。真ん中に井戸があります。
この神社は三井家ゆかりの神社だそうです。
東京・榎本さんを訪ねる旅 141

この三囲神社での榎本さんのエピソード。
榎本さんが逓信大臣の頃の話。
馬車で帰る途中、三囲神社の前で垢染みた服で寒そうに歩いていた昔馴染みに遭遇。聞けば生活に困窮しているという。榎本さんはこの昔馴染みを馬車に乗せ、枕橋の八百松に引き返して酒を酌み交わし、その後邸に連れて行って就職の世話をしてやったということです。

情に厚い、江戸っ子釜さんをよく表わしているエピなのですが、やはりここでもまず酒か~!
もう、ほんっとに榎本さん好きだー!


東京・榎本さんを訪ねる旅 149  東京・榎本さんを訪ねる旅 147
牛嶋神社。
もとは長命寺の側にありました。
右の写真の鳥居は三輪鳥居というそうです。

東京・榎本さんを訪ねる旅 146撫で牛です。
牛の自分の悪いところと同じところを撫でると、病気が治るそうです。
頭と顔を撫でてきました(笑)








東京・榎本さんを訪ねる旅 150
隅田公園
旧水戸藩邸です。鷗がたくさんいました。


東京・榎本さんを訪ねる旅 156そして枕橋を渡り、隅田区役所脇に出ました。
墨田区といえば、この方も有名。勝海舟像です。
生誕百八十年にあたる平成15年の海の日に建立されたそうです。












気がつけば、すっかり夕方に。
東京・榎本さんを訪ねる旅 158

隅田川七福神レポはこれで終わりです。
なんとか今年中に終わって良かった~。
あと5日もすれば、今回私が訪れた寺社は七福神めぐりをする人たちでいっぱいになることでしょう。
1日目、レポはあと少し続きます。

【2008/12/29 02:44】 | 榎本さん関係
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東京・榎本さんを訪ねる旅 119百花園を出て墨堤通りへ戻る途中。「旧墨堤之道」碑。
ここが昔の隅田川の堤防の道です。…って道写ってないじゃん(汗)
うーん、相変わらずセンスのない写真ですみまセンッス(墓穴)
地図を見ると、現在の墨堤よりかなり内側にあります。

「子爵の居は墨堤に在り、住居する事已に数十年、人墨堤に往き此の堤の名物はと問へば、榎本子爵と言問団子なりとの答へに接せざる無く、子も亦同堤の好景に戀々し、終生此の堤を去ること能はざりしとは…」(榎本武揚子)
榎本さんはこの辺りの風景を愛し、きっとこの道も歩いたはず。

ですがっ。

現在ここから見える風景はというと高速道路が走り、倉庫が立ち並び、なんとも風情がありません。

東京・榎本さんを訪ねる旅 120-1はな。さんのブログで紹介して下さっていた「榎本武揚別邸」の地番へ行ってみました。
マンションが建っていました。
旧墨堤の道と、この榎本さん別邸の位置関係を考えると、榎本さんちはかなり墨堤に近い場所だったと思われます。

またまた『榎本武揚子』によると、隅田川の大洪水があり、榎本邸も水害に遭ったの時のこと。
「こんな場所に何時までも住んで居ては人間も生きた甲斐がない」と言われたのに対し、「なあに、水ぐらい恐れて、この床しい名所を捨てられるものか」と「例によって江戸っ子をふりまいた」そうです。
で、やはりここでも「君一杯呑みたまへ」とビールを出して名所言問の次第を諒々と説き出したとか。
どんな困難にあっても、向島の風景とお酒があれば無問題。

さらにさくさくと歩きます。

東京・榎本さんを訪ねる旅 124  東京・榎本さんを訪ねる旅 125

墨田区向島5丁目1 隅田公園 「墨堤植桜の碑」
明治20年建碑。篆額は榎本さんです。

あぁー!真ん中に”ふん”のようなものが~!

この石碑、文字が読みにくいです。全部読む根性もなく、脇の説明板だけ読んで終わりにしちゃいました。


東京・榎本さんを訪ねる旅 128  東京・榎本さんを訪ねる旅 129

長命寺の桜もちです。
道路を挟んで反対側には、榎本さんと並んで墨堤の名物と言われた「言問団子」のお店があり、どちらにしようか悩むところですが、もともと桜もち好きの私。こちらの桜もちにしました。
お茶付きで250円也。出てきた桜もちを見て…ん?
私の知ってる桜もちじゃないっ!
そう、私の住んでいる関西では桜もちと言えば、もち米を半殺し(半つぶし)にした桜色の丸いおもちのなかに餡が入ったものを1枚の桜の葉でくるんだお菓子なのです。
関西の桜もちは道明寺と言われているそうです。
へぇ~、関西と関東じゃ桜もちってこんなに変わるのですね。
こちらの桜もちも美味しかったです。でも私はやっぱり慣れ親しんだ関西風が好きかな…。

こちらのお店、お花見シーズンには行列ができるそうです。私が行った時は店内はお客さんが誰もいなくて縁台でゆっくりいただきました。写真を撮ってから食べていたら、私と同年齢くらいの女性が来て隣の縁台に座り、同じように写真を撮っていました。同じように大きな荷物を持っていましたので、彼女ももしかして榎本さん巡りの旅?…なワケないか。
桜もちをいただいている間、何度もお店が揺れるんです。一瞬、地震?と思ったら、このお店の上を高速道路が通っていて、大型車が通ると揺れるらしい(苦笑)

長命寺はこのお店のすぐ隣にあります。
東京・榎本さんを訪ねる旅 136  東京・榎本さんを訪ねる旅 135
お寺に入るとそこは…幼稚園でした。
中に入っていいものかどうか迷ったのですが、せっかく来たので園児や保育士さんたちの邪魔にならないようにこそーっと中に入りました。
こちらに祀られているいるのは弁財天です。
このお寺にもたくさんの石碑があり、幕末の実業家・成島柳北の碑や芭蕉の句碑、木の実ナナさんの石碑もあります。

東京・榎本さんを訪ねる旅 139  東京・榎本さんを訪ねる旅 138
そして長命寺のすぐ隣が弘福寺。布袋さんを祀っています。
黄檗宗の禅寺だそうで、山門や本堂の屋根がちょっと中国風。
この弘福寺は勝海舟が若い頃、座禅を組んだお寺だそうです。


まだ1日目が終わらない(泣)…続きます。

テンプレート、コロコロ変えています(苦笑)
新しく変えて、直後にいつもおじゃましてるブログさんを訪問したら同じテンプレートで…ってのが2回続いたもんで(汗)



【2008/12/27 02:20】 | 榎本さん関係
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No title
M子
私も以前、地図を頼りに榎本武揚別邸跡へ行ってみました。
あそこでよかったのかなとイマイチ自信が持てなかったのですが、やはりあのマンションでよかったんですね。安心いたしました。
ちょうどお花見シーズンで、長命寺の桜餅をお店の外にまで並んで買いました。
長命寺の桜餅は私の知ってる桜餅とも違ってました。北海道は関西風のようです。
武揚さんもこれを召し上がったんだろうなあと思いながらいただきました。

No title
香音里
榎本さんの別邸跡、「晩年向島で暮らした」ってあちこちに書かれているんだから、碑か案内板でもあればいいのにね。

以前行かれた時はお花見シーズンだったんですか、いいですね~。
私もぜひお花見シーズンに行ってみたいのですが、5月に東京で観たい芝居があるのでひの新選組まつりに合わせて行くか、4月か迷っています。あぁ、でも五稜郭祭も行ってみたいし、6月の小樽も行きたいし…迷いますねσ(´・д・`*)

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作家の早乙女貢さんがご逝去されました。

早乙女貢さんといえば、新選組、会津藩などの小説で有名な作家さんです。
特にライフワークともいえる「会津士魂」「続・会津士魂」は合計21巻の大作です。
いつか読もうと思いつつも、あまりの大作になかなか手が出せないでいます。
短編とかは読んでるんですけどねー。

謹んでご冥福をお祈りいたします。 合掌。


さて東京レポですが…忘れているワケではございませんっ(汗)
ぼちぼち書いているのですが、なにぶん師走。
もうすぐ年末のお休みに入りますので、そうしましたらちょっとは進むかな・・・と思っております。



【2008/12/26 01:01】 | つぶやき
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先週に引き続き、BS熱中夜話「新選組ナイト」見ました。
「新選組ナイト」と言うよりはもう「新選組!」ナイト。N○Kだから自然とそうなるのは仕方ないのかな。

2004年の「新選組!」本放送の時はけっこう熱中して見ていたのですが、私の中ではドラマ(「新選組!!」)の放送終了とともに完結していたし、興味が新選組、土方さんから別に移ってしまったこともあり、全話録画しているにも関わらず、このドラマを本放送終了後に見返したことはありませんでした。
演じた俳優さんが、終了後何年経ってもその役の扮装をして他局の番組にまで出ているのを見ると、嬉しく思うよりも、もういいよ~って思ってたし(石投げないで~)
だから、熱心なファンではなかったのかも。

番組としては、せっかくファンがたくさん集まったんだから、もっと色々な話を聞いても良かったんではと思います。ドラマの映像をたくさん流したせいで時間の都合でだいぶカットされたようですが。

…なんて書きましたが、実はなぜかわかんないけど、番組中「新選組!」のシーンが映る度、ずっと泣いてました。
なんで~?
だってさ、山南さんの切腹とかさ源さんの最期とかさ平助の最期とかさ、斎藤わんこが誠の旗持って吠えるとことかさ、涙線刺激されまくりだったんだよー。
あぁ、あんなシーンあったよねぇって4年ぶりに見てかなり懐かしかった。
お正月休み長いから見返そうかしら…とちょっと考え中。




夜になってから胃が痛いです。以前ウィルス性胃炎になった時と同じ感じ。
今流行ってるし、隣席の同僚が昨日胃痛と高熱で休んでたし…ちょっとヤバい。
早く寝よ。

【2008/12/20 02:01】 | 映像・舞台
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同感でーす
ゆらり
香音里さん、こんにちは♪

>嬉しく思うよりも、もういいよ~って思ってたし

この気持ち、よくわかる!!
私もパロディやおちゃらけはもうノーサンキュー。
変なかぶりものもイヤ、イヤ。
新選組そのものについて、もっと掘り下げていろんなトークをしてほしかったですね。
でも、私もところどころ泣いていました。(笑)

それより、体調のほうはいかがですか。
年末のウイルス性胃腸炎も定番になってしまって…。
くれぐれもお大事に。ゆっくり休んで、早く良くなってくださいね。(^-^)







香音里
ゆらりさん、こんばんはー。

その役に思い入れのある俳優さん、またその俳優さんに思い入れのある方には申し訳ないのですが、その役はドラマの中だけのもので、ドラマを離れたらいつまでも執着して欲しくないんですよね…。
番組の方もいっそ「大河ドラマ 新選組!ナイト」にすれば良かったのかも知れませんね。

>それより、体調のほうはいかがですか。
ご心配いただき、ありがとうございます。まだ胃が重いですが、胃痛の方は治まったのでウィルス性胃炎ではなかったようです。
職場も風邪が流行っているので、本当に気をつけなければなりません。
ゆらりさんもどうぞお気を付け下さいね。


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今年6月、小樽文学館での展示を皮切りに始まった「榎本武揚没後100年記念事業」ですが、先日18日、北方民族博物館での展示の終了を最後に、すべて終了との事です。

思えば、小樽その他で榎本さん祭りが開催されると知ったのは昨年9月。実際参加できたのはわずかでしたが、旅行計画やなんやで1年以上楽しませていただきました。
展示や講演を通して、今まで榎本さんの事をよく知らなかった人たちにも、彼の功績を知ってもらい、興味を持って貰えた事と思います。今後再評価につながっていけばなぁと思います。
実はまだ龍宮神社の榎本像建立が残っているのですが、それはまた来年のお楽しみということで。

各地の行事に参加され、講演会の講師を務められたご子孫の榎本隆充さんをはじめ、関係者の皆様、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。


【2008/12/19 23:59】 | 榎本武揚没後100年関係
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高松飛鳥
香音里さま、記事をずっと紹介してくださってありがとうございました!

一年間、お疲れさまでした!


香音里
高松さま、こんばんは。
私はただ情報をかき集めて載せていただけで、たいした事はしていませんが、少しでもお役にたてたのでしたら嬉しいです。

高松さまこそ実行委員会のお役目、お疲れ様でした。特にあこがれの航海では大活躍でしたね。
おかげで1年間楽しませてもらいました。
来年は函館開港150周年で、函館はまた盛り上がりそうですね♪

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師走ですね~。なんとなく私の周りもせわしなくなってまいりました。さくさく書いていかないと、今年中に終わらない~(^-^;(いや、絶対終わらないと思ふ)

次なる七福神は白鬚神社です。
祭られているのは寿老神。
多聞寺からの距離は約1.5km。七福神のうちで、この間が一番離れています。

東京・榎本さんを訪ねる旅 097  東京・榎本さんを訪ねる旅 098

東京・榎本さんを訪ねる旅 099東京・榎本さんを訪ねる旅 102

「岩瀬鷗所君の碑」
幕末の外交官・岩瀬忠震さんの墓碑です。
撰文は永井尚志さん。
岩瀬さんは外国奉行を務め、日米修好通商条約、安政の五カ国条約を調印・締結した人ですが、一橋派だったために安政の大獄で井伊直弼に蟄居を命じられ、晩年を向島で暮しました。


白鬚神社から約200Mほど歩いたところに百花園があります。

東京・榎本さんを訪ねる旅 118

東京・榎本さんを訪ねる旅 116百花園は文化2年(1805年)に骨董商の佐原鞠塢によって開園されました。こちらに祀られているのは福禄寿尊。
榎本さんはこの百花園を愛し、よく訪れては御成座敷で茶碗酒を飲んでいたそうです。

翌日行った六義園の立派な大名庭園に比べると、こじんまりとした「庶民のお庭」といった雰囲気でした。でも、榎本さんは絶対こちらの方が好きだったろうなと思わせてくれる庭園でした。
春夏なら色とりどりの花が咲くのでしょうが、この時期、花はほとんど咲いてなくて、紅葉にはまだ早く…といった感じで少し寂しかったです。





東京・榎本さんを訪ねる旅 112御成座敷です。
百花園でのエピソードはお酒に関するものばかり(笑)








東京・榎本さんを訪ねる旅 106庭園内には多くの句碑が建てられています。左は永幾の句碑
「朧夜や、誰を主の隅田川」

この句を見た榎本さん、「拙い句だ」と言い、酔狂で
「隅田川 誰を主と言問はば 鍋焼うどん おでん燗酒」
と詠んだというエピソードがあります。
隅田川にかかっている言問橋ともかけたのでしょう。
「御前」と呼ばれるのを嫌ったという、飾らない榎本さん流の洒落ですね♪

そして榎本さんが百花園で作ったと言われる漢詩です。

 白馬春袗斉賞春  長堤如帯漲紅塵
 誰将人事巧相似  刮目桜花三日新

(白馬に乗って春を愛でる 隅田川の堤は帯のように長く続き、周囲を見ると俗事で満ち溢れている。
何事も人のする事はよく似ているものだ 桜の花は三日もすれば目を見開かずはにいられないほど、新たに美しくなっているのに)

東京・榎本さんを訪ねる旅 108  東京・榎本さんを訪ねる旅 109
そしてここにも榎本さんが篆額を書いた句碑が。
「哥澤芝金之碑」

哥澤芝金というのは、哥澤節という端唄の名跡だそうです。
榎本さんは「長唄の中将」という渾名を持つほど良い喉をお持ちだったそうで、端唄や都都逸もお手の物だったとか。芝金之碑の揮毫はその関係なのでしょうか。それとも初代芝金はもと幕臣の家柄だったそうなので、お知り合いだったのでしょうか。

まだまだ続きます。。。


【2008/12/15 00:01】 | 榎本さん関係
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レポの続きを書き始めてから1週間以上経ってしまいました(汗)
で、この1週間、何をしていたかと申しますと、芝居を2本観ました。
今年は榎本さん祭りですっかり浮かれていたせいで、私が観劇を始めて以来、年間10作品と一番観劇数が少ない年になったのですが、ここに来て3日とあけずに2作品、時代物を立て続けに観ました。「冬の絵空」と「表裏源内蛙合戦」です。

「冬の絵空」は赤穂浪士ものです。時期的にもこの演目はぴったり。実はこの作品、16年前のそとばこまち公演の時にチケットを取っていたのに、直前に盲腸で手術したために見られなかった作品で、友人から「面白かったよ」と言われて大変残念で悔しい思いをしたのですが、今回キャストを変えての念願の観劇…いやぁ、面白かったです!
まだ東京、その他での公演が残っているのでネタばれはしませんが、虚と実が交錯し、時代と世情の中で翻弄される大石内蔵助と赤穂浪士たちのお話。今年観た舞台の中ではかなり上位です。
舞台の黒幕、天野屋利兵衛役の生瀬さんが舞台を引っ張っていきます。
この舞台を見て「忠義」とは武士にとって「主君のため」という大義名分をかかげた自己満足なのかも知れないなぁ…なんて思ったり。
あぁ、それにしても(演技は別として)藤木さんが…美しかったぁ❤

kaeru.jpg「表裏源内蛙合戦」は平賀源内の一代記の歌入りお芝居でした。
平賀源内というと、私はなぜか発明家のイメージがあったのですが、実に多才の人。もともとは本草学の学者なのですが、長崎に留学して医学の心得もあるし、西洋絵を描くわ、浄瑠璃を書くわ、日本初の物産会は開くわ…新しい物好きで奇想天外、出世欲は人一倍強いのですが、時代よりちょっと先を走っていたばっかりに「山師」扱いされ、結局は不遇のまま獄中死。その源内の表を上川さん、裏を勝村さんが清濁あわせ持った人物として演じました。

私は舞台の上川さんのファンで(でもテレビはほとんど見ない(^^;)、実は今回の観劇、最前列の真ん中だったのですが、舞台の縁ギリギリのお芝居もけっこう多く、本当に目の前に上川さんがいるので、すっかり舞い上がって観ていました。
時代劇も多いせいか、着物の所作とかも板について似合ってます♪テレビではまじめな役が多いのですが、舞台では劇団の芝居をはじめとしてけっこう弾けた役柄も多く、子供の役から有名になって出世をたくらみ、その後失意の中狂って死ぬまでの源内を多彩に演じていました。今回は「SHIROH」以来、久しぶりに上川さんの歌を聴いたのですが、すごく上手くはないんだけど味があって好きなんですよねぇ。
勝村さんも上手い役者さんで、千変万化で舞台を飛び回っていました。長台詞もけっこうあり、もしかしたら上川さんより大変な役かも。舞台に腰かけて、私の隣の人にしきりに六平さんのことを「不細工なだけで売れてる役者なのにねぇ」と話しかけていたのがおかしくって。

でも最前列と言うのはいい事ばかりではなく、特に二幕目はけっこうきついシーンもありました。吉原での濡れ場や、両国での見世物のシーンで目の前で褌一丁で屁をひられた日にゃあ、さすがに目のやり場に困りました。あと、源内と関係があった金貸しの青茶婆が処刑されるのですが、生首(実際は首から上だけが舞台上に出ている状態)が歌うんです。目の高さが一緒なもんで、高岡早紀さんとガチンコ状態で、ついつい目をそらしてしまったり。
そして腑分けが始まるし~(^^;
杉田玄白と前野良沢がターヘルアナトミアを片手に登場。あぁ、刑場は先日行った南千住小塚原だったのね、となぜか嬉しくなったり(えっ)
自分が関係した女の腑分けをするって聞くとすごくエグいんですが、でもなんかエロティックでエグさを感じさせず、ある種の感動さえ覚えるシーンでした。…あ、でもやっぱり目の前でやられるとちょっと辛かったですけどね。

エロさやエグさが場面がけっこうある舞台なので、好き嫌いが分かれるかもしれません。言葉遊びやバカバカしさ、次から次に数珠つなぎのように出てくる登場人物、江戸市井の風俗なんかも描かれていて盛りだくさん。最後はちょっと切ない…。最前列のハイテンションのせいもあるかとは思いますが、私はすごく楽しめました。
がっ!休憩をはさんで4時間5分の上演時間。楽しい作品だったので、観ている時は長さを感じなかったのですが・・・やっぱり長い!終電になったっつーの。
来年1月、WOWOWで放送されますので、興味のある方はぜひ見てみてください。
…しっかし、あれテレビで放映できるのかしら?

【追記】
両方のお芝居の際配られていたチラシの中に「その男」のチラシがありました。
池波正太郎の小説の舞台化で、上川さん主演で来年4月~5月、東京と大阪で上演されます。
幕末のお話で、主人公は架空の人物のようですが中村半次郎とイバハチが登場するようです。
これは見に行かねば!

【2008/12/14 05:27】 | 映像・舞台
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行かねば!
ゆらり
>これは見に行かねば!

行かねば!今度こそ行かねば!!

香音里さん、情報ありがとうございます♪
今度こそ乗り遅れないように頑張りまーす。

観劇レポも楽しく読ませていただきました。
勝ちゃんも活躍していたみたいで良かった♡♡(笑)
来年もたくさんのお芝居が大阪で上演されますように☆





香音里
ゆらりさん、こんばんは。

観劇レポというより、最前列で浮かれた超ミーハーって感じですね。読み返すとすごく恥ずかしいです
(〃>艸<〃)
勝村さん、客席とよく絡んでくれて楽しかったですよ~。

5月の上川さんの舞台、今の新歌舞伎座の最後の演目になるようです。
大阪もブリーゼができたし、以前のようにたくさんお芝居上演してほしいですよね。(ここ最近、大阪の劇場って元気ないから…)


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榎本さんがその風景を愛し、晩年暮らした向島界隈を散策しました。
多聞寺から隅田川七福神をめぐりながら、墨堤をぶらぶら浅草まで歩きました。

隅田川七福神の歴史は古く、江戸時代から続いているそうです。それぞれのお寺についてはこちらに詳しい説明があります。
御開帳は元日~1月7日までの間との事。年が明けるとどのお寺も七福神めぐりをする人で賑わうのでしょうが、普段は参拝する人も少なく、どのお寺も静かでひっそりとしていました。
通常、七福神巡りは南から始めるそうなのですが、今回は一番北にある多聞寺から歩き始めました。最寄りの駅は東武伊勢崎線の堀切駅か鐘ヶ淵駅だそうなのですが、南千住からタクシーに乗りました。
タクシーの運転手さんに「多聞寺」と言ったところ、まったく知らなかったようで、地図を見せて住所を言うとカーナビを頼りに行ってくれました。住所プリントアウトしておいて良かったです。南千住から7~8分といったところでしょうか。

東京・榎本さんを訪ねる旅 080  東京・榎本さんを訪ねる旅 082

山門は萱葺きで江戸時代のもので、隅田区内最古の建造物だそうです。
こちらに祭られているのは毘沙門天。

東京・榎本さんを訪ねる旅 079この「隅田川七福神之碑」は榎本さんの書です。
土方歳三資料館の「入室清風」の額を見た時も思ったのですが、字の書き始めと書き終わりの大きさが違います(笑)
でも、それさえも愛おしい♪












日々向島の土手を御運動なさいますのが日課になって居りまして、朝御飯前に、御邸から白髯位迄四五町もぶらぶら歩いて御帰りになり、午後には鐘が淵か綾瀬邊まで御出でになり、又時に依ると、鐘が淵から汽船で吾妻橋まで御出でになり、夫れから歩いて御帰りになり、夫れでなければ、四つ木邊へ御廻りになる事も御ざいましたが、雨の日でも雪の日でも決して御缺きになった事がなかったのです、何しろ此の土手の名物を無くしてしまひまして、誠に残念でございます。              (「榎本武揚子」百花園主人談)


多聞寺で七福神めぐりの地図をもらいました。
その地図がこちら →  なのですが、⑭「榎本武揚住居跡」から鐘が淵、綾瀬というとかなり距離があります。今回多聞寺から向島5丁目まで実際に歩いてみたのですが、けっこうな距離がありました。
それが日課だったとなると…榎本さんはかなり健康的なじいさまだったのでは?
しかも、榎本さんの散歩は「隅田川の土手の名物」だったらしい。


墨堤通りをてくてく歩いていくと、巨大な団地群が現れます。
その人はそこに立っていました。守り神のように(笑)

東京・榎本さんを訪ねる旅 083
                    
東京・榎本さんを訪ねる旅 086  東京・榎本さんを訪ねる旅 087 

東京・榎本さんを訪ねる旅 089  東京・榎本さんを訪ねる旅 088
墨田区堤通2丁目26番3号 梅若公園内

念願の榎本像にお目見えです!!
大礼服姿の凛々しい立像です~。
この像、なぜか通りに対して横向きに立っていて、正面に木が植えられているため、正面から撮るのが難しひ…。
微妙なところに木の枝が。

榎本像がバックに背負っている建物はメゾン・ド・エノモト…じゃなくて都営の白髭団地です。
まるで壁のようにそびえ立ち、延々と続いています。
団地内には「梅若門」「鐘淵門」と書かれた鉄のゲートがあり、何々?と思っていたら、この団地自体が防災壁のような役割を果たしていて、災害時には各戸のベランダの防火シャッターが降り、ゲートが閉まって、避難所になっている団地西側の公園への延焼を防ぐんだって。すごっ…。

東京・榎本さんを訪ねる旅 096  東京・榎本さんを訪ねる旅 093

かと思ったら、突然大きな鳥居が出現したり。
団地と団地の間の道が隅田川神社の参道になっているそうです。

近所には梅若伝説で有名な梅若塚があって、明治時代に建てられたお堂がガラスに覆われて保存されています。
このお堂のある木母寺は実はもともと榎本像のある梅若公園内にあったそうなのですが、白髭団地を建てる際、「防災拠点」になるため、木造の建築が許可されず、移転してガラスの覆堂に入れられたのだとか。

さらにてくてく墨堤通りを歩いていきます。


【2008/12/06 23:59】 | 榎本さん関係
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円通寺を後にして、次は隅田川七福神を訪ねる予定でした。
東京に行く前に地図とにらめっこをしていると、遠いけれど歩いて行けなくもなさそうな距離。
でも、絶対道に迷いそうな予感…。
どうしようかと思っていたのですが、まやこさんに「タクシーを使ったら」とアドバイスをいただき、荷物もある事ですし、タクシーで移動することにしました。
時間もちょうど12時でしたので、とりあえず南千住まで歩き、食事をしてから駅前でタクシーを拾う事に。

そうそう、南千住の駅近くに回向院があるんだった、と見渡すとそれらしき建物が。…って言っても、このお寺、全然「お寺らしくない」建物なのですが。

東京・榎本さんを訪ねる旅 078  東京・榎本さんを訪ねる旅 077



小塚原回向院は小塚原刑場刑死者を弔うために創建されたお寺です。
小塚原刑場跡は回向院の南、延命寺の中にあり、首切地蔵が建てられているそうなのですが、延命寺の方には行きませんでした。
お寺の境内の墓所には案内板があり、吉田松陰ら著名人のお墓は場所が分かるように図が描かれていて、「史跡訪問の方はこちらへ」と書かれ、その他のお墓の方へは入らないよう注意書きがありました。

<注:お墓の写真があります>

東京・榎本さんを訪ねる旅 066吉田松陰のお墓です。
碑銘の「松陰二十一回猛士墓」の「二十一回」は幼時の名字「杉」を「十」「八」「三」に分解し、それを合計した数字が二十一になることと、「吉田」が「十一口」と「十口」に分解され、それを組み合わせると「二十一回」になる事からつけられたそうです。なんだか、なぞなぞのようです。
刑死後回向院に埋葬された松陰の遺体は、高杉、伊藤ら門下生によって世田谷の現在の松陰神社の墓所に改装されたので、ここは墓石だけです。



東京・榎本さんを訪ねる旅 067回向院には他に松陰と同じく安政の大獄で処刑された橋本左内、頼三樹三郎、梅田雲浜の墓があります。
雲井龍雄、相馬大作、高橋お傳、鼠小僧のお墓もあります。
私、鼠小僧って、てっきり小説の中の人物だと思っていました。実在の人物なんですね。

写真は「橋本景岳の碑」
橋本佐内の顕彰碑です。
すごく大きく立派な碑なのですが、大き過ぎたのか、金属で周りを補強してありました。



_20081203021629蘭学者の杉田玄白・中川淳庵・前野良沢らが刑死者の死体を腑分け(解剖)し、後に「解体新書」を翻訳したことを記念して、「観臓記念碑」が建てられたそうです。
何にでも「記念碑」が建つんですね(^^;



境内は割と狭いのですが、そこにお墓がずらっと並んでいる中に一人立っていると、元刑場の近くと言うからではないのでしょうが、ちょっと怖くなってきて、足早に出てきてしまいました。





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【2008/12/03 02:08】 | 榎本さん関係
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幕末ファンには「新選組!」のメインテーマの歌でお馴染みのテノール歌手ジョン・健・ヌッツオさんが、覚醒剤所持で逮捕されました。
久しぶりにお名前を聞いたのが、今回の報道とは…残念です。

さて、新しいアンケートをサイドバーに設置しました。

「榎本さんと一緒にしたい事は何?」

…ポチっとお願いします。

【2008/12/02 23:56】 | 榎本さん関係
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昨年9月より、サイドバーに貼ってましたアンケート「榎本さんの相棒は?」ですが、本日ようやく100票目の投票がありました!

一応、100票投票があった時点で締め切ろうと思っていました。

結果発表です!

 1位 大鳥圭介     25票
 2位 土方歳三     24票
 3位 黒田清隆     22票
 4位 松平太郎     18票
 5位 沢太郎左衛門  11票


大鳥さんと土方さんは最後まで接戦でしたが、最後はやはり昔からの友人で、維新後もずっと交友のあった大鳥さんに軍配が上がりました。

また新しいアンケートをやりたいと思います。

ご協力、ありがとうございました。

【2008/12/01 22:27】 | 榎本さん関係
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先日ちょこっと書いた東京農大オホーツクキャンパスでの、榎本さん関係の講演の詳細が判りました。

『2008 年度 第2回オホーツク実学市民公開講座(シンポジウム)・「現代GP」フォーラム オホーツク地域の再生と「オホーツク学」の展望-いま、産学行連携に何が求められているか-』
というタイトルでシンポジウム自体は2日間開催されるのですが、榎本さん関係のシンポジウムは1日目。

○ 第1日目 ○ 第2回 オホーツク実学市民公開講座(シンポジウム)

 日時: 2008年 12月 12日(金)(12:20 受付開始)
      
     13:00~ 開会式
     13:10~ 基調講演 「 榎本武揚からみた世界史とオホーツク海圏」
              講師 臼井 隆一郎(東京大学教授)
     14:10~パネルディスカッション
          問題提起  黒瀧 秀久(東京農業大学 オホーツク実学センター長)
                 中原 章博(網走商工会議所 会頭)
                 高橋 修平(北見工業大学 地域共同研究センター長)
                 重本 直利(龍谷大学 経営学部教授)
          コメンテーター  榎本 隆充(東京農業大学 客員教授)
          コーディネーター  田中 俊次(東京農業大学 産業経営学科長)
                     小松 善雄(東京農業大学 産業経営学科教授)
      17:00~ 閉会
           交流会
 
  場所: 東京農業大学オホーツクキャンパス 大講義室

  参加無料

  詳細はこちら


そして、今回のポスターはこちら!→ 

前回のポスターと同じ写真ですね。

それにしても、網走は遠すぎます(泣)



 

【2008/12/01 21:17】 | 榎本武揚没後100年関係
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NoTitle
M子
行きたい!
臼井隆一郎先生の『榎本武揚から世界史が見える』 読み応えがありました。
ぜひ直接お話をお聞きしてみたいです。
行きたい。残念。ああ・・・ 1ヶ月に2回はちょっとねぇ。東京行き、やめようか。
それにしても網走は東京より遠いです。



高松飛鳥
このセミナーの事は知っていたのですが・・・
網走は遠すぎて(涙)

確かに、東京より遠いです。

この前の江差が限界かも(時期的には江差もやばいです、事故りそうで)。

>M子様
香音里
飛行機でひとっ飛びしたら、後は交通の便がいい東京に比べると、同じ北海道でも網走は確かに遠いのでしょうね。
『榎本武揚から世界史が見える』…「次こそ読もうリスト」にはずっと入っているのですが、もう長い間積読状態です(^^;

東京行き、もうすぐですね。どこを回られるのですかー?



>高松飛鳥様
香音里
網走も遠いですが、大阪から函館への直行便が減って、函館までも遠いです~。
実は東京旅行を計画する前に、密かに函館行きを考えていたのですが、3連休ではない土・日なのに飛行機がまったく取れませんでした。
来年の春は行けるかなぁ…。

車の運転、くれぐれもお気をつけくださいね。

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