和魂凡才 神戸海軍操練所跡
和魂洋才の人・榎本武揚を主に、幕末関係の話や本の紹介をする凡才人のブログです
先日「YooSoRo!」を観にいった後、芝居の中にも登場した神戸海軍操練所の跡地へ行ってみました。


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神戸 018  神戸 021

国道2号線の京橋交差点付近、NTTドコモビルの脇にあります。
錨のモニュメントの前の石の本に説明が書かれてありました。
神戸海軍操練所は、元治元年(1864年)5月に当時の軍艦奉行・勝海舟の建言により開設され、兵学校・機関学校を総じた大規模な組織で、坂本龍馬、陸奥宗光等の多くの有能な人物を輩出しましたが、7月におこった禁門の変の反幕府軍に一部の塾生が参加していたため、倒幕の激徒を育成しているという嫌疑をかけられ、翌年3月に閉鎖されました。
この碑の辺りから東へ、神戸税関本庁舎の辺り(上の地図だと「京橋」という緑の囲い文字の辺り)まで約1万坪の敷地を所有していたそうです。
現在はこの碑の辺りはオフィスビルが立ち並び、埋め立てられて上を高速道路が走っていて、当時を偲ぶ面影は全く残っていません。
今回は時間がなくて行けませんでしたが、神戸市立博物館には操練所の葵紋の瓦が展示されているそうです。

この碑から西へ300Mほど行ったみなと公園(水上警察の裏手)には、神戸海軍操練所の顕彰碑があります。
神戸 010
右は塾生で、第4代兵庫県知事でもあった陸奥宗光の顕彰碑、左は海軍営の碑です。ただし、この海軍営の碑はレプリカで、本物は諏訪山公園内にあり、勝海舟直筆の碑文が見られるとか。


海と反対側は旧居留地です。
神戸 003  神戸 004


神戸 001旧居留地の大丸百貨店の前にある三宮神社は、明治元年に神戸事件が起こった場所で、「史跡 神戸事件発生地碑」がありました。
なにせ、百貨店のまん前で人通りが多いので、写真が撮れませんでした。かろうじて左の写真だけ(^^;
ここの境内には当時の大砲が置かれています。



最近神戸というと、劇場のある新神戸の方にしか行っていませんでしたが、久しぶりに三宮界隈を歩くと、震災後に建てられた新しいビルがたくさん目につきました。当時はあまりの惨状に、復興はかなり時間がかかるだろうと思っていましたが、新しい高層ビルがどんどん建っている街並みを見ると、あれほどの大きな震災があったのかさえ疑ってしまうような気がするほどで、人々のたくましさ、日本人の勤勉さを感じました。





【2008/10/30 00:57】 | おでかけ・史跡めぐり
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