和魂凡才 榎本さんを訪ねる旅in福山 その② 福山城散策
和魂洋才の人・榎本武揚を主に、幕末関係の話や本の紹介をする凡才人のブログです
2009.10 福山 012

パネルディスカッション終了後、展示を見るのも中途半端な時間だったので、福山城を散策することにしました。
福山城は元和5年(1619)に水野勝成によって築城されました。久松城、葦陽(いよう)城とも呼ばれ、近世城郭では一番最後に造られた、つまり一番新しいお城です。しかも、駅から一番近いお城です。(前の記事にも書きましたが、福山駅自体が元のお城の敷地内にあります)
以後、水野氏5代、松平氏1代、阿部氏10代に渡って藩政の中心となりました。
明治6年に廃城となり、天守閣、伏見櫓、筋鉄御門、御湯殿を除いてほとんどが取り壊され、昭和20年に戦災で天守閣と御湯殿も焼失しました。現在の天守閣は昭和41年に再建されたものだそうです。しかし、築城当時の姿を再現したものではなく、美的な外観を重視した鉄筋コンクリート建ての建物なので「復原」ではなく、「復興」と言うそうです。
2009.10 福山 031伏見櫓

重要文化財です。
伏見城から移築されました。
他にも撮ったと思ったのに、カメラの電池が切れてバタバタしていたからか、なぜかこの角度の写真しかカメラに入っていませんでした(汗)












2009.10 福山 028 筋鉄(すじがね)御門

こちらも伏見城から移築したと伝えられています。
柱の角に筋鉄を施し、扉に12条の筋鉄が打ちつけられていることから、この名前がつけられました。
同じく重要文化財。








2009.10 福山 026鐘楼

築城当時からあるのですが、明治以降荒廃が激しくて度々補修工事を繰り返すうちに全く原形をとどめないものになってしまい、昭和54年に現在の姿に修復され、市の重要文化財に指定されたそうです。
現在はソーラーパネルが取り付けられ、1日4回定刻に鐘が鳴るそうです。









2009.10 福山 079 2009.10 福山 053
御湯殿

こちらも復原されたもの。
この日は城見茶会が催されていて、近くまで行けませんでした。
右は二の丸側から見た御湯殿。
石垣からかなり張り出しています。


2009.10 福山 041 2009.10 福山 046
水野勝成像(左)&阿部正弘像(右)

福山藩初代藩主・水野勝成さんと阿部家7代目藩主・阿部正弘さんの像です。
阿部伊勢守正弘さんは弱冠25歳で老中になりました。ペリー来航時は老中筆頭で、市井にまで広く意見を募り、勝海舟や永井尚志、江川英龍など大胆な人材を登用。榎本さんが学んだ長崎海軍伝習所も、この阿部正弘が創設しました。
1854年、日米和親条約を締結。内憂外患の心労が祟ったせいか、39歳という若さで亡くなりました。
生涯で国元の福山に入られたのは一度だけだったそうです。
とても美男子であらせられたそうです。この像もとても柔和なお顔立ちです。
阿部正弘さんについてははな。さんのところでいろいろと詳しく面白い話が読めるので、ぜひ行ってみてくださいネ。(他人まかせですみません~)

2009.10 福山 022

博物館である天守入口にはこんな大きな看板が。
この辺りをぶらぶらしていたところ、先ほどのパネルディスカッションをされたお殿様御三方が来られました!そしてこの看板の前で記念撮影。どさくさに紛れて、私もこっそりシャッターを押しちゃいました。
水野勝成のご子孫の方は、なんとなく上の銅像に似ておられる気がしました。
その後、皆さん連れ添って展示の方へ行かれました。


そして、おまけ。
日没までまだ少し時間があったので、ばら公園に行ってみました。
「ばらの町」福山市の市の花はもちろんバラで、町のところどころにバラが植えられています。
10月だと秋バラが見頃かな~と思い、細い道を迷いつつばら公園に行ったのですが…
思ったより花が少なかったです。きっと5月には満開なのでしょうけれど。

2009.10 福山 055

バラを見ながら公園でまったりして、7時半には夕食を終え、お風呂も早めに入ってホテルでくつろぎました。
おぉ!さすが今回の旅行は「ビンボー&のんびり」と銘打つだけあって、久しぶりにゆっくりしたペースで旅行1日目を終えました。






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2009.10 福山 031伏見櫓

重要文化財です。
伏見城から移築されました。
他にも撮ったと思ったのに、カメラの電池が切れてバタバタしていたからか、なぜかこの角度の写真しかカメラに入っていませんでした(汗)












2009.10 福山 028 筋鉄(すじがね)御門

こちらも伏見城から移築したと伝えられています。
柱の角に筋鉄を施し、扉に12条の筋鉄が打ちつけられていることから、この名前がつけられました。
同じく重要文化財。








2009.10 福山 026鐘楼

築城当時からあるのですが、明治以降荒廃が激しくて度々補修工事を繰り返すうちに全く原形をとどめないものになってしまい、昭和54年に現在の姿に修復され、市の重要文化財に指定されたそうです。
現在はソーラーパネルが取り付けられ、1日4回定刻に鐘が鳴るそうです。









2009.10 福山 079 2009.10 福山 053
御湯殿

こちらも復原されたもの。
この日は城見茶会が催されていて、近くまで行けませんでした。
右は二の丸側から見た御湯殿。
石垣からかなり張り出しています。


2009.10 福山 041 2009.10 福山 046
水野勝成像(左)&阿部正弘像(右)

福山藩初代藩主・水野勝成さんと阿部家7代目藩主・阿部正弘さんの像です。
阿部伊勢守正弘さんは弱冠25歳で老中になりました。ペリー来航時は老中筆頭で、市井にまで広く意見を募り、勝海舟や永井尚志、江川英龍など大胆な人材を登用。榎本さんが学んだ長崎海軍伝習所も、この阿部正弘が創設しました。
1854年、日米和親条約を締結。内憂外患の心労が祟ったせいか、39歳という若さで亡くなりました。
生涯で国元の福山に入られたのは一度だけだったそうです。
とても美男子であらせられたそうです。この像もとても柔和なお顔立ちです。
阿部正弘さんについてははな。さんのところでいろいろと詳しく面白い話が読めるので、ぜひ行ってみてくださいネ。(他人まかせですみません~)

2009.10 福山 022

博物館である天守入口にはこんな大きな看板が。
この辺りをぶらぶらしていたところ、先ほどのパネルディスカッションをされたお殿様御三方が来られました!そしてこの看板の前で記念撮影。どさくさに紛れて、私もこっそりシャッターを押しちゃいました。
水野勝成のご子孫の方は、なんとなく上の銅像に似ておられる気がしました。
その後、皆さん連れ添って展示の方へ行かれました。


そして、おまけ。
日没までまだ少し時間があったので、ばら公園に行ってみました。
「ばらの町」福山市の市の花はもちろんバラで、町のところどころにバラが植えられています。
10月だと秋バラが見頃かな~と思い、細い道を迷いつつばら公園に行ったのですが…
思ったより花が少なかったです。きっと5月には満開なのでしょうけれど。

2009.10 福山 055

バラを見ながら公園でまったりして、7時半には夕食を終え、お風呂も早めに入ってホテルでくつろぎました。
おぉ!さすが今回の旅行は「ビンボー&のんびり」と銘打つだけあって、久しぶりにゆっくりしたペースで旅行1日目を終えました。





【2009/10/24 22:15】 | おでかけ・史跡めぐり
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