和魂凡才 榎本さんを訪ねる旅in福山 その③「箱田良助と榎本武揚展」
和魂洋才の人・榎本武揚を主に、幕末関係の話や本の紹介をする凡才人のブログです
2009.10 福山 058今回のお宿は駅から徒歩2分、窓からお城が見える(夜はライトアップも)という抜群のロケーションの割にはとってもリーズナブルでした。
福山城というのは、築城当時はとても大きなお城だったようなので、当然このホテルも当時はお城の中だったと思われます。






さて、今回一番の目的の「箱田良助と榎本武揚展」です。
福山城天守内の博物館1,2階で展示されております。
1階は箱田良助に関する展示でした。
榎本パパこと箱田良助は寛政2年(1790)に備後国安那郡箱田村(現在の福山市神辺町箱田)で細川園右衛門の二男として生まれました。その後箱田村の地名をとって箱田良助と(左太夫とも)名乗り、17歳の時に兄と共に江戸に出て伊能忠敬に弟子入りし、測量に参加。(その後兄は江戸で病死)
伊能忠敬が亡くなった3年後に「大日本沿海與地全図」を幕府に提出し、翌年、御徒士・榎本家の株を買い、榎本圓兵衛武規と名乗り、幕府天文方、西の丸御徒士目付、勘定方などに出仕します。
地図が完成した翌年に結婚して仕官したというのは、やはり「やり終えた」という達成感があったのでしょうね。
圓兵衛さんが伊能忠敬の弟子だったと知ったのは佐々木譲氏の「武揚伝」ででした。まだ幼い釜次郎に地球儀を与えて、星や宇宙の話をした小説冒頭のシーンが印象的でした。

展示品は書簡等の文書類が多かったです。測量隊の料理の献立なんかもあったり。
その他、測量に使った道具や御用旗や地図など。
圓兵衛さん、国もとに宛てた手紙がたくさん残っています。釜さんの筆まめは実は父親譲りだったのでしょうかー?
中でも興味深かったのは、亡くなる2か月ほど前に国元の甥・池田楠五郎さんに桜田門外の変の様子を伝えると共に、家族の事を書いた手紙です。
「(圓兵衛さんは)71歳になるけれど、御勘定所へ日勤している。倅勇之助は講武所へ出役し御手当銀二十枚を頂第戴した。次男釜次郎は御軍艦操練教授方へ出役仰せつかって十人扶持。娘三人は御鷹匠へ一人、御勘定へ一人、御徒方へ一人遣わし、いずれも居合よろしく…」
と自分や家族の現在の状況を書き送っています。
自分はまだまだ現役で働き、倅二人は無事仕官し、娘も三人とも嫁がせて、幕府の大事はあったものの、個人的には晩年の一番よい時期だったのでと思わせる手紙です。
それにしても圓兵衛さん、71歳まで現役ですか!すごいです。


2階は榎本武揚に関する展示でした。
やはり目を引くのは中央のガラスケースで展示されている軍服・軍帽とディニエ社製モールス通信機。これが運命の再会(?)を果たした通信機なのですね。
流星刀、吉祥寺のオランダ語の書にも再会です~。
今回初めて見る七言絶句の書も何点か展示されていました。
榎本さんが全権公使として清に赴任する際に大鳥さんが送った漢詩などもありました。

福山の関連として、箱館戦争における福山藩の出兵の模様を描いた絵があったのですが、服装がバラバラで、陣笠をかぶる人、韮山笠をかぶる人の中に、金モールの帯の付いた山高帽をかぶる人、シルクハットをかぶる人もいて、わざわざシルクハットの絵を描いて注釈に「これをかぶる人 この人のみ」と書いていたのにちょっと笑ってしまいました。戦場にシルクハット、目立っただろうなー。

図録も買いました。
窓口の学芸員の方が「ちょうど昨日できたんですよ」って、えっ、開催されてすぐ来てたら買えなかったかも知れないんだ(汗)
福山城博物館での展示ということで、内容はやはり福山に深い関わりのある箱田良助さんに関する記述が多かったです。

その後、3階(水野家・阿部家関係)、4階(古代~中世の福山)の展示を見て、最上階へ。
天守最上階からの本丸の風景です。
真ん中の丸い池みたいなのは、地面にビニールシートを敷いて水を張ったもので、この日は夜に「おしろライトアップ」という、福山城の壁面に色々な模様を投影するというイベントをやっていたのですが、そのためのもの。翌日このライトアップも見に行きましたが、なかなか面白かったです。

2009.10 福山 077

福山出身の箱田良助さんと、箱館戦争では敵同士になって福山藩と戦った武揚さん。
共に浅からぬ縁のある福山での父子展、特にパパ圓兵衛さんを知るには良い展示でした。






【2009/10/28 19:03】 | おでかけ・史跡めぐり
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まやこ
福山レポ、楽しく拝読しています。
福山城が窓から見えるホテルに宿泊されたのですね。
確か、mixiのお城巡りのコミュで紹介されていた気がします。
福山駅が昔の城内にあるのも、そのコミュで知りました(笑)

「箱田良助と榎本武揚展」は充実した内容だったようですね。
榎本パパの業績が詳しく紹介されているのがポイント高いですね。
息子と共にもっと業績が知られてもいい人だと思います。
71歳になっても隠居せず、現役だったのにも驚きです。
時代が更に榎本パパを求めていたのでしょうか。
武揚さんは完全に父の血を受け継いでいたんですね…

図録は、先日の武蔵野大学での生涯学習講座で隆充氏から見せていただきましたが、やはり実物を現地で見るのが一番ですね。


香音里
まやこさん、いつもありがとうございます。

昨年長州に旅行した際、福山でバスから新幹線に乗り換えたのですが、ホームからお城がよく見えて感激したものです。その時は本当に前を通過しただけだったのですが、まさか1年後に再訪するとは思ってもみませんでした。
今回、この宿を選んだのは駅近で安いというのももちろんですが、部屋からお城が見えるというのが大きなポイントでした。

父子展は、小樽で見た展示品もたくさんあったのですが、東京農大所蔵のものはほとんど初見だったので、見られて良かったです。
何より、パパ圓兵衛さんの業績を知ることができたのが、はるばる福山まで行った甲斐がありました。
71歳まで現役でおられたのは、やはり有能な方だったからでしょうね。
武揚さん、確実にお父さんの血を受け継いでます。



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この記事へのコメント
福山レポ、楽しく拝読しています。
福山城が窓から見えるホテルに宿泊されたのですね。
確か、mixiのお城巡りのコミュで紹介されていた気がします。
福山駅が昔の城内にあるのも、そのコミュで知りました(笑)

「箱田良助と榎本武揚展」は充実した内容だったようですね。
榎本パパの業績が詳しく紹介されているのがポイント高いですね。
息子と共にもっと業績が知られてもいい人だと思います。
71歳になっても隠居せず、現役だったのにも驚きです。
時代が更に榎本パパを求めていたのでしょうか。
武揚さんは完全に父の血を受け継いでいたんですね…

図録は、先日の武蔵野大学での生涯学習講座で隆充氏から見せていただきましたが、やはり実物を現地で見るのが一番ですね。
2009/10/29(Thu) 22:25 | URL  | まやこ #ZA9zVw0U[ 編集]
まやこさん、いつもありがとうございます。

昨年長州に旅行した際、福山でバスから新幹線に乗り換えたのですが、ホームからお城がよく見えて感激したものです。その時は本当に前を通過しただけだったのですが、まさか1年後に再訪するとは思ってもみませんでした。
今回、この宿を選んだのは駅近で安いというのももちろんですが、部屋からお城が見えるというのが大きなポイントでした。

父子展は、小樽で見た展示品もたくさんあったのですが、東京農大所蔵のものはほとんど初見だったので、見られて良かったです。
何より、パパ圓兵衛さんの業績を知ることができたのが、はるばる福山まで行った甲斐がありました。
71歳まで現役でおられたのは、やはり有能な方だったからでしょうね。
武揚さん、確実にお父さんの血を受け継いでます。

2009/10/30(Fri) 03:31 | URL  | 香音里 #kEiR1XsI[ 編集]
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2009/11/11(Wed) 22:28 |   |  #[ 編集]
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2009/11/13(Fri) 20:44 |   |  #[ 編集]
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