和魂凡才 榎本さんを訪ねる旅in長崎 ③丸山界隈
和魂洋才の人・榎本武揚を主に、幕末関係の話や本の紹介をする凡才人のブログです
出島の次は釜さんたち伝習生が行ったであろう、いや、絶対に遊びに行った花街・丸山へ。
最初、出島から歩いて行けるかなと思ったのですが、体力温存のため市電を使って思案橋まで。

丸山は江戸の吉原、京の島原と共に三大花街と並び称された花街でした。
昔、思案橋電亭の辺りは川があって、丸山花街へ向かうのに橋がかかっていたそうです。
「行こか戻ろうか」と橋の上で思案したので「思案橋」と名付けられたとか。
今は川も橋もなく、橋の欄干を模した碑があるだけです。(って、写真はありません)
夜になると色とりどりのネオンが輝く長崎随一の繁華街です。
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そして思案しながら橋を渡った人たちが決意して思い切ったのが、丸山の入口・二重門(大門)が見える場所にあった「思切橋」
橋の欄干の一部が残っています。
その横に立っているのは見返り柳です。
丸山で遊んだ客たちは、ここで振り返りながら芸妓との別れを惜しんだのでしょうか。
残念ながら橋がかけられたのは明治、見返り柳は昭和に植えられた4代目だそうなので、釜さんが見たものではないんですね。
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レトロな交番がありました。
この辺りに二重門があったそうです。
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丸山公園。
最近ここにも坂本龍馬像が立ちました。
本当にどこに行っても龍馬が出張っております。
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史跡料亭「花月」です。
ただの料亭ではありません。長崎県指定の「史跡」です。
前身は丸山随一の遊郭「引田屋花月楼」で360年の歴史を誇る老舗です。
幕末の志士たちが会合したり、外国人をもてなす社交場だったそうです。
龍馬が酔って斬りつけたという柱の傷跡が残っているそうです。(老舗の料亭にはありがちなエピソードですよね)
こんな料亭で卓袱料理を食べてみたいものですが、女一人の貧乏旅行では到底無理なので、こちらをどうぞ。

丸山公園そばにあった説明板。
江戸時代後期の丸山花街の様子が描かれています。
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花月の前を左に曲がると古い建物があります。
長崎検番です。
検番とは芸妓さんたちをとりまとめている事務所のようなところだそうです。
2階にかかっている提灯には芸妓さんの名前が書かれています。現在21名の芸妓さんがいらっしゃるとか。
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更に道をまっすぐ行くと、つきあたりに階段があり、「長崎丸山 華街跡」の碑が。
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階段の上にあるのは料亭青柳。
幕末、こちらの前身の杉本家には大隈重信や井上聞多も訪れたとか。
「長崎ぶらぶら節」で有名な愛八さんが住んでいたこともあったそうです。
実は私は民謡のぶらぶら節もなかにし礼さんの小説も知りません(汗)
でも、もう少し丸山をぶらぶらしてみました。(つづく)


【2010/08/15 23:02】 | おでかけ・史跡めぐり
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