和魂凡才 その後①
和魂洋才の人・榎本武揚を主に、幕末関係の話や本の紹介をする凡才人のブログです
月日の経つの早いものですね。
前回更新してから、もう2ヶ月経ってしまいました。

求職生活に入り、時間もある事だし函館レポでもなんて思っていたら…。
7月4日に義母=ダンナのお母さんが他界しました。
今年初めから体調を崩して入院していたのですが、「思わしくない」と病院から言われたのが3日。
4日の昼にダンナと私が病院に行き、夕方義妹一家が病院に行き、「今晩あたりがヤマになりそう」と言われて、明日から順番に病室に泊って付き添いしようと話し合っているところに病院から「すぐ来てください」との電話が。
30分以内に病院に着いたんですが、結局間に合いませんでした。

それから3日間はお通夜、葬儀と慌ただしく時間が過ぎました。
義母は脳出血で倒れて入院して以来、転院、ほぼ寝たきりの状態になって介護付き施設に移り、そしてまた入院と4年3ヶ月の間自宅に一度も戻る事がなかったのですが、お通夜の前に少しだけでも自宅に帰してあげる事ができました。

16年前に義父の葬儀をした時は高校の校長をしていた事もあり、盛大な葬儀になったのですが、今回は一応家族葬という事で近親者とご近所の方だけに来てもらって見送りました。
大げさな葬儀はしないで欲しいというのは兼ねてからの故人の意思でもあったので、とてもしめやかでよいお葬式だったと思います。



初盆との関係で四十九日ではなく三十五日で法要を切り上げることになりました。
ダンナが「満中陰までは何かとバタバタするので家にいて欲しい」と言うので、本格的な職探しは満中陰の後ということにしました。まぁ、どのみち離職票をもらって職安に行くまではゆっくりしようとは思っていたのですが。

普通、退職後10日以内くらいに離職票って渡さないといけないらしいのですが、1ヶ月も前から退職日が分かっていたにも関わらず、派遣会社が離職票を渡すと指定した日は退職してから3週間後。

指定された日に離職票を取りに行くと、派遣元の営業が「最後まで(派遣先の会社が移転する時まで)勤務してくれたら、退職理由を会社都合にします」と全員の前で公言したにも関わらず、退職理由が会社都合になっていませんでした。
抗議したら、その営業の人「覚えてない」って。もう唖然。
たまたま元同僚2人とそこで一緒になったので3人で「絶対に聞いた」と強く抗議したら、結局その営業ではなく、私たちの課のリーダー(派遣元の社員で私たちと同時に退職)のせいにして「仕方ないから会社都合にします」という事になりました。

強く抗議した結果、私達の課は全員会社都合にしてもらえたみたいですが、別の課の人は会社都合にならなかったようです。「契約期間満了のため」という理由で、これでも失業給付金は給付制限なしですぐ貰えるのですが、健康保険の軽減の対象からは外れるし、他にも差が出てくるんですよね。
最後までいい加減な派遣会社でした。

それから2週間ほどの間は職安に申請に行ったり説明会があったり、市役所に行ったり。
それと、母親の介護認定の結果が出て、要介護度1から一挙に3になりました。
実は今年になってからすでに三度徘徊騒ぎを起こしていて、警察にもお世話になっていたのです。
ケアマネさん、デイサービス&デイケアの介護士さん、訪問看護の看護士さんみんなに集まって貰って今後の相談をしたり、徘徊予防装置を取り付けたり…。


なんてしている間に、あっという間に三十五日になりました。
実はその数日前に職安である企業に紹介状を書いてもらい、書類選考は通って法事の翌日面接という事になっていたのですが…続きます。



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7月4日に義母=ダンナのお母さんが他界しました。
今年初めから体調を崩して入院していたのですが、「思わしくない」と病院から言われたのが3日。
4日の昼にダンナと私が病院に行き、夕方義妹一家が病院に行き、「今晩あたりがヤマになりそう」と言われて、明日から順番に病室に泊って付き添いしようと話し合っているところに病院から「すぐ来てください」との電話が。
30分以内に病院に着いたんですが、結局間に合いませんでした。

それから3日間はお通夜、葬儀と慌ただしく時間が過ぎました。
義母は脳出血で倒れて入院して以来、転院、ほぼ寝たきりの状態になって介護付き施設に移り、そしてまた入院と4年3ヶ月の間自宅に一度も戻る事がなかったのですが、お通夜の前に少しだけでも自宅に帰してあげる事ができました。

16年前に義父の葬儀をした時は高校の校長をしていた事もあり、盛大な葬儀になったのですが、今回は一応家族葬という事で近親者とご近所の方だけに来てもらって見送りました。
大げさな葬儀はしないで欲しいというのは兼ねてからの故人の意思でもあったので、とてもしめやかでよいお葬式だったと思います。



初盆との関係で四十九日ではなく三十五日で法要を切り上げることになりました。
ダンナが「満中陰までは何かとバタバタするので家にいて欲しい」と言うので、本格的な職探しは満中陰の後ということにしました。まぁ、どのみち離職票をもらって職安に行くまではゆっくりしようとは思っていたのですが。

普通、退職後10日以内くらいに離職票って渡さないといけないらしいのですが、1ヶ月も前から退職日が分かっていたにも関わらず、派遣会社が離職票を渡すと指定した日は退職してから3週間後。

指定された日に離職票を取りに行くと、派遣元の営業が「最後まで(派遣先の会社が移転する時まで)勤務してくれたら、退職理由を会社都合にします」と全員の前で公言したにも関わらず、退職理由が会社都合になっていませんでした。
抗議したら、その営業の人「覚えてない」って。もう唖然。
たまたま元同僚2人とそこで一緒になったので3人で「絶対に聞いた」と強く抗議したら、結局その営業ではなく、私たちの課のリーダー(派遣元の社員で私たちと同時に退職)のせいにして「仕方ないから会社都合にします」という事になりました。

強く抗議した結果、私達の課は全員会社都合にしてもらえたみたいですが、別の課の人は会社都合にならなかったようです。「契約期間満了のため」という理由で、これでも失業給付金は給付制限なしですぐ貰えるのですが、健康保険の軽減の対象からは外れるし、他にも差が出てくるんですよね。
最後までいい加減な派遣会社でした。

それから2週間ほどの間は職安に申請に行ったり説明会があったり、市役所に行ったり。
それと、母親の介護認定の結果が出て、要介護度1から一挙に3になりました。
実は今年になってからすでに三度徘徊騒ぎを起こしていて、警察にもお世話になっていたのです。
ケアマネさん、デイサービス&デイケアの介護士さん、訪問看護の看護士さんみんなに集まって貰って今後の相談をしたり、徘徊予防装置を取り付けたり…。


なんてしている間に、あっという間に三十五日になりました。
実はその数日前に職安である企業に紹介状を書いてもらい、書類選考は通って法事の翌日面接という事になっていたのですが…続きます。


【2012/08/24 23:50】 | つぶやき
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